「なぜ数学を勉強するんですか?」

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勉強をする意味ってなんだろう。

 

初めに

 

学研さんの『小学生白書』によると、小学生の好きな教科は「算数」らしい。

私も計算が得意だったこともあって算数は大好きだった。

意味も分からず分数の計算をしていた時期が懐かしい。

幾何にしろ文章題にしろ、問題を解く楽しみは他の教科では味わえなかった。

 

中学生になっても数学が好きで、受験での原動力となった。

塾の教材だけでは飽きたらず、「高校への数学」という書籍を毎月購読してはひたすらに良問と向き合っていた。

「駿台模試」という難易度の高い全国共通模試では成績優秀者の常連であり、自分で言うのもなんだがかなりの数学オタクだったのではないだろうか。

 

ところが、高校に入学すると同時に数学への情熱は薄れてしまった。

これは、私がエスカレーター式の高校に入学したという影響のせいもあるが、それよりも数学そのものに魅力を感じなくなってしまった。

 

この現象はどうやら私だけのものではないらしく、世間一般にも高校生を機に数学嫌いに陥る人は多いようだ。

なぜ数学に魅力を感じなくなったのかというと、それは数学を学ぶ意義を見つけられなかったから、なのかもしれない。

 

政治経済は社会人になってからも役に立ちそうだが、数学はどうであろうか。

当時高校生の私は「なんでこんな意味わからんこと勉強せなあかんねん」、と考えていた。

 

今日は、この「なぜ数学を勉強するのか」に対しての考えを書いていきたい。

数学のみならず、「なぜ勉強するのかわからない」と考える方にも読んでほしい。

 

 

注意

 

当然ながら何かを勉強する意味は各人によって異なる。

よって、この記事では数学を勉強する、その意義、正解を提示できない。

 

また、最近私が「コミュニケーション」に興味があるのもあって、「数学を勉強する意味は何ですか?」という質問の真意について考える記事になっている。

どちらかといえば、コミュニケ―ションのヒントとなるような記事にしたい。

 

 

なぜ数学を勉強しなくてはいけないんですか

 

数学に限らず、「なぜ●●を勉強しなくてはいけないか」という疑問を抱いたことはだれにでもあるだろう。

この質問にはどのように答えればいいのだろうか。

よくある答えとして、「数学は〇〇の分野で用いられている。」とか「〇〇を勉強すると将来役に立つかもよ。」とか答える教師がいるかもしれない。

私も家庭教師時代には生徒に対してこのように答えていた。

 

しかしながら、今になって、このように答えた自分に猛反省している。

私は生徒のこのような純粋な疑問に対してある勘違いを犯していた。

 

 

質問者の気持ちを考えてみよう

 

主語は何か

 

「なぜ●●を勉強しなくてはいけないのですか」という質問をする立場に立ってみると、質問者の真意は「「私は」、●●を勉強することにとってどのような恩恵があるのですか。」と解釈することができるのではなかろうか。

 

ここでのポイントは主語が「私は」である点で、決して「社会は」ではないところだ。

よって、質問への答えとして「例えば、数学の確率は、スパムメール判定に応用されてるんだよ」とか、「君が使っている携帯とかインターネットっていうのは、全部数学なんだよ。電子機器とかは微積が必要なんだ」とか、「建築物の設計も数学だ」という回答は回答になっていない。

 

生徒にとっては「いや、別に私が将来それ造るわけじゃないし」という気分だろう。

 

それでは、質問を受けた側はどのように答えればいいのだろうか。

例えば、「~さんは、将来何になりたいの?そうなんだ。それだったら、例えば〇〇の分野ではこの知識が使われているね。」とか、「経済学部に進みたいんだよね、そしたら、〇〇勉強しておくと〇〇に応用できるから勉強するのがいいんじゃないかな」といった返答が考えられる。

大切なのは、相手が将来どのような道に進みたいか問い、それと関連する形で答えることだ。

 

 

問題

 

さてここで2つの問題が発生する。

1つ目は、当然ながら質問を受ける側は相手が将来どうなりたいのかなど知らないこと。

2つ目は、一見関係ないように思える知識が後になって統合され、将来役に立つことがある、ということだ。

 

1つ目に関しては質問者に聞いてみればいい。

そして、このように相手の質問に対して質問で返すことはコミュニケーションの核であると思うし、双方向の理解を深める。

もしあなたが質問を受ける側であり、一方的にあなたの考えを押し付けるような返答をしていたのであれば、「相手の立場に立つ」ということはコミュニケーションを有意義にすると思う。

 

問題は2つ目だ。

一見無駄とも思える知識が将来役に立つことはある。

このことは、「将来役に立たない勉強なんてする必要がない」という意見を否定する。

 

よく親が「とりあえずいい大学行っときなさい」とか、「今役に立つかわかんなくてもとりあえず勉強しておきなさい」というのがこれだ。

これは半分正解で半分間違いなのだが、「なぜ●●を勉強するのか」という質問に対する答えとしては「なんだかなー」という気分になる。

これについては私もどうすればよいかわからない。

 

 

「なぜ●●を勉強しなくてはいけないのですか」と質問する方へ

 

上記で述べたように、●●を勉強する意味というのはあなた自身が決めることだ。

他人にその答えを求めるというのは、違うんじゃないかなと思う。

ありきたりなセリフで言い換えれば、「自分がなりたい将来像から逆算して、それに必要なことを今勉強しなさい」ってことになる。

 

 

まとめ

 

「●●を勉強する意味」は人によって違う。

ある知識を将来活かすも活かさぬもその人自身。

その答えは人に聞くものではなく、自分で模索し、肉付けしていくものである。

 

 

終わりに(本文とは全く関係ないです)

 

何が言いたいかわからない散らかった文章になってしまった。

私は記事を書くとき、日常の疑問が浮かんできて、それに対する答えなり自分の考えをブログで書く。

書きはじめから考えがまとまっているわけではなく、書きながら自分の考えを修正し深めていくため、このようにまとまりのない文章になってしまう。

初期のころはそれでもよかったが、1日200名もの方が読んでくれているので、もう少しわかりやすい文章にしなくてはいけないと反省している。

自己満足な文章ではなく、もう少し人に読んでもらえるような文章を書ければいいなと思う。

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